あこがれの四万十川へ

 野田知佑氏のカヌーエッセイに影響を受け、土佐の四万十川に憧れていた。
 そんな折、ニュースステーションで四万十川が特集された。
 「清流の最期」と言う題だった。
 「最後の清流」として名高いこの川をもじった題名である。開発などにより、昔の面影がなくなりつつあるという内容であった。
 「一度この目で見ておかなくては!」
 いてもたってもいられなくなり、大学4年(正確には5年だが)の11月、バックパックにテントを詰め込み高知を目指した。
 薄暗くなりやっと、四万十川に着き、テントの張れそうな川原で寝床を確保した。インスタントラーメンで夕食をすまし、売店で買っておいた、ウイスキーを一口飲むと、幸せな気分になった。明かりが一つもない川原は本来なら少し不気味なのだろうが、私にとっては静かでゆったりとできる最高の居酒屋だ。コーンビーフをつまみに酒が進み、いつしか睡魔に襲われ、シュラフにもぐりこんだ。降り出した雨がテントをたたく音がちょうど良い子守唄になった。
 夜半。足元が濡れているのに気がついた。「放っておこう。テントに水滴がついたのだろう」半分寝ぼけながらもう一度眠りに入ろうとした時、雨音が強くなっているのに気が付いた。
「雨音が強くなっている!?」
ハッとして、意識が戻る。足の下がふかふかしている!
状況を把握するのに時間はかからなかった。水の上に浮いているのだ!
テントのジッパーを開くと、目の前に川が広がっている。サンダルは水に浮かび、ぺグに固定したロープになんとか引っかかっていた。テントは3分の1が川の中に浮いていた。雨で川が増水したのだ。慌ててテントを安全な所に引き上げた。うかつだった。増水してもここまでは水がこないだろうと判断しのだが、予想以上に水位が上がったのだ。濡れた服のまま朝が来るのを待った。

 翌日の午前中、川ぞいに散歩をした。所々で、砂利をつんだダンプとすれ違った。何台ものパワーショベルが川に漬かりながら川底を巨大なシャベルで掘り返していた。パワーショベルの下流は掘り返された土で茶色く濁っていた。気持ちがさらに落ち込んだ。
清流の最期

 しかし、豊かな川の片鱗を見ることはできた。
 一つ目はキャンプ地の前での釣り。オランダ仕掛けという仕掛けをつかった。7本ほどのビーズつきの枝針の上に、寄せ餌をつけるカゴがついている。ちょっとした深みに振り込むと同時にオイカワがかかった。寄せ餌で気が狂った魚が、ビーズを餌だと思って食いつく仕掛けだ。いくらでもつれるので、しばらくいれて、7本の針全部に魚を掛けることに挑戦した。しかし、これもすぐに達成できてしまった。次に三脚に固定したカメラのタイマーをセットし、7本全部釣り上げた所を写真に撮ることにチャレンジした。これは難しかった。釣ってから、カメラの所まで行って、シャッターをおして戻ってくる間に魚が落ちてしまう。シャッターを押してから釣り始めてもみたが、惜しくも5匹か6匹しか掛からず、全ての針に魚がついている写真を撮ることはできなかった。

二つ目は鮎拾い。下流の中村でのこと。橋の上から川原を見ると、大勢のタモをもった人で賑わっていた。何をしてるのだろうと思い、そばにいってみると、なんと、鮎を拾っているのだ。捕っているのではない、まして釣っているのでもない。拾っているのだ。落ち鮎が川原に飛び上がったのを、拾い、タモやスーパーの袋に入れている。どの人もたくさんの鮎をすでに拾っていた。

 高知からの夜行バスは夜中出発だったので、市内の居酒屋に入った。私が東京出身だというと、まわりの客が土佐はどうだと聞いてきた。酔いに任せてべた褒めに誉めた。
「高知の人間は、はじめぶっきらぼうだが、その実、温かく親切な人ばかりだ。こんな人間は東京にはいない。」
すっかり飲み屋の主人と客に気に入られ、これ食え、あれ飲めと次々私の前に料理と酒が並んだ。

 実際この旅では、タダでタクシーに乗せてもらったり、貸し自転車の延長料金を無しにしてもらったりした。タダでタクシーに乗ったのは初めてだった。夜中、温泉からキャンプ地に帰る道で日が暮れてしまい、途方に暮れているとタクシーが乗ってけという。あまり金がなかったのだが、真っ暗だし、疲れていたので言われるままに乗った。すると、テントを張っている川原の直前で降りろと言う。?と思ったが、そのまま降りると、料金はいらないという。
 「会社への帰り途中だから」
 ぶっきらぼうに運転手は言い、そのまま走り去った。100mほど先がタクシー会社だった。私の指定した所まで乗せると会社にバレるということだったのだ。

 カツオのタタキだの、どろめだの、酒盗だのといった土佐の肴をたらふく食べ、勧められるままに酒を飲んでいるとすっかりヘベレケになってしまい、「バスに遅れるぞ」と飲み屋の主人にせっつかれながら店を出た。バス停まで走ったのでさらに酔いがまわり、バスに乗るとすぐに眠ってしまった。気が付くと、東京吉祥寺のバスターミナルについていた。二日酔いもなく、爽やかな朝だった。
 かすかに、どこかに強く頭を打ったこと、バスのトイレで1,2度嘔吐したこと、椅子に座りながら「はあ、はあ、ふーふー」とずっと唸っていたことが記憶に残っていた。酒とゲロの匂いにまみれ、はあはあ言っている汚いカッコウをした男と一緒だったバスの乗客はさぞ迷惑したことであろう。

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